結核症

結核症は、結核菌によって引き起こされる感染症です。古くはエジプトのミイラから、典型的な結核の痕跡が見つかるなど、人類の歴史とともにある古い病気です。日本では1950年以前、結核が死因のトップであり、国民の2人に1人が結核、年間10万人以上が結核で死亡する、という「国民病」ともいえる結核蔓延を呈していた時代がありました。1951年に「結核予防法」が制定されて以来、結核感染に対する国家的対策が進み、早期発見・隔離、厳格な服薬支援、接触者の健診などの総合的な結核対策が効果を上げ、現在では「一昔前の病気」と考えられがちです。しかし、現在の日本でも高齢者を中心に年間に2.2万人の新規発病者が報告されています。これは1950年以前に比較すると著しく減少したとはいえ、欧米に比べると3-5倍程度と高い数字です。1970年代まで順調に減少してきたわが国の結核罹患率は、80年代に入って減少率が鈍化し、その後 増加傾向を示したことから、厚生省(当時)は1999年、「結核緊急事態宣言」を発しました。決して「一昔前の病気」ではない「身近な病気」であることに注意が必要です。

結核菌(Mycobacterium tuberculosis)は、長さ2-10μmの桿菌ですが、通常の細菌検査では検出できないため、Ziehl-Neelsen染色などの特殊な染色法による検査が必要です。どこにでも存在しているわけではなく、感染したヒトの体内でのみ分裂・増殖します。発病した人が咳をしたときに出す"しぶき"(飛沫核)の中に含まれた菌が空気中に漂うことで、それを大量に吸い込んだ人に伝播していきます(経気道的感染)。吸い込まれた結核菌は人の肺の奥深くに侵入し、菌を駆除しにきた免疫細胞(マクロファージ)に貪食されますが、死滅することはなく、免疫細胞の中で増殖して、肺に定着していくとともに、一部はリンパ節に運ばれます(初期変化群)。この間に、結核菌が侵入した情報がマクロファージからTリンパ球に伝えられ、以後Tリンパ球がリーダーとなって指令を出し、結核菌は免疫細胞によって包囲されてしまいます(類上皮肉芽腫)。そうするとやがて中心部分は腐って固まり(乾酪壊死)、多くの場合はこのまま治癒します。しかしながらこの時、菌の毒力が強いか、宿主の免疫力が弱い場合、初期変化群が治癒に向かうことができず、リンパ節結核や結核性胸膜炎を起こすことがあります。また、体内でリンパ血行性に結核菌が広がると、粟粒結核となることもあります。結核菌感染に引き続き初期に発病する結核は一次結核と呼ばれます。一方で二次結核と呼ばれる発病形式もあり、これは初感染後、類上皮肉芽腫の中で冬眠状態にあった結核菌が、宿主の免疫力の低下をきっかけとして再び増殖(内因性再燃)することで起こります。主に、過去に結核に暴露したものの、免疫力で抑え込んでいた人が、高齢化したり、糖尿病になったり、病気で免疫抑制剤を内服したり、透析が必要となったり、またHIV 感染からAIDSに至ったりした場合に、免疫のリーダーであるTリンパ球の力が低下し、結核の再燃を許してしまいやすくなります。
BCGワクチンは、感染後の初期変化でリンパ血行性に結核が進展して重症化することを阻止することにあり、主として一次結核の発病を抑制することに役立つとされています。

代表的な症状は、咳・痰(時に血痰)などの呼吸器症状ですが、それに微熱やだるさ、るいそうなどの全身症状を伴っていることが多いです。結核では一般的な肺炎と異なり病気がゆっくりと進行するため、病院を受診するのが遅れ(patient’s delay)、また、病院でも結核を積極的に疑って検査をしなければならないため診断が遅れる(doctor’s delay)ことがあります。咳に伴って出るしぶき(飛沫)の中にもしも結核菌が含まれていれば(排菌)、接触した人に結核をうつす可能性があり、これらの遅れ(patient’s delay, doctor’s delay)をできるだけ短くする必要があります。発症早期に治療を行えば、後遺症なく完治することができますし、大切な家族や友人に感染させてしまうことを防ぐためにも、上記のような症状がある場合、中でも特に「2週間以上咳が続く場合」には、医療機関を受診するよう心がけてください。

慢性的に持続する咳嗽で病院を受診し、胸部レントゲン写真や胸部CT検査で結核を疑う陰影を認めた場合、どのような検査を受けるのでしょうか?

最も早く、軽い負担でできる検査としては、喀痰検査があります。排菌しているかどうかで、隔離が必要か否かが決まりますので、非常に重要な検査です。濃度の濃い塩水の水蒸気を吸いながら(誘発喀痰)、喀痰検査を3回繰り返すことで、高い精度で排菌の有無を確認することができます。ただし、この検査で得られた喀痰の中にZiehl-Neelsen染色で陽性となる細菌がいたとしても、「抗酸菌陽性」というだけで、結核菌か非結核性抗酸菌かは鑑別できませんし、死菌と生菌の区別もできません。結核菌か非結核性抗酸菌かを知るためには、「LAMP法」や「PCR」という検査が必要で、結果の判明に数時間~3日程度を要します。また死菌か生菌か、どういった抗生物質が効果的かを知るためには「培養」が必要で、これには長ければ8週間程度を要します。
どうしても喀痰が出ない場合、他者への感染の可能性は低いと思われますが、結核の診断をつけることができませんので、レントゲンで異常な陰影のある部分までカメラを挿入し、直接その部分の喀痰を取ってくる「気管支鏡検査」を行うこともあります。また、採血検査により「過去に結核に暴露したことがあるか」を調べることもできます(T-SPOT)。しかしながら、現在の感染でなくとも陽性になってしまったり、感染していても8週間以内であったり、免疫力の異常がある場合には偽陰性になってしまうなどの問題点もあります。

治療は複数の抗生物質を組み合わせて使用する化学療法が基本です。標準的な化学療法では、最初の2カ月はイソジアニド(INH)+リファンピシン(RFP)、ピラジナミド(PZA)、ストレプトマイシン(SM)またはエタンブトール(EB)の4剤で治療し、その後の4カ月間はINH +RFP の2剤、またはINH +RFP +EBの3剤で治療しますが、年齢や合併する身体疾患、薬剤の副作用、結核菌の薬剤感受性によって使用する薬剤の組み合わせは変更されることもあります。たくさんの薬を長期間内服する必要がありますが、しっかり治療を行えば、治癒に至ることができる病気です。逆に内服を自己中断したり、単剤で内服したりすると耐性菌を生み、治療が非常に困難になる可能性があります。医療者としっかりコミュニケーションをはかりながら、きちんと治療をしていくことが重要な疾患です。なお、排菌していない場合には外来での治療が可能ですが、排菌がある場合には他者への感染予防のため、結核病床への隔離が必要です。また、結核を診断した場合、医師には保健所への届け出義務があり、その後保健所が中核となって、家族など接触者の健康を守る対応を行っていきます。

最終更新日:2014年10月1日

(C)佐賀大学医学部附属病院血液・呼吸器・腫瘍内科